2018年7月20日のアーカイブ

神様のいる神社、いない神社

京都は今灼熱地獄です。もう暑くて暑くて外が歩けません。
体温より空気が熱いって…!

地震、大雨洪水ときたので、地、水の次は火。次は火事など火の元に気を付けて下さいとお客さんには言ってたのですが、来たのはどうやら猛暑でしたね。
となると残るは風も来るかもしれません。台風なのか竜巻なのか、あるいはまた違う何かなのか。
京都近辺は浄化の年になりそうです。近くにお住まいの方はもうしばらく十分に気を付けて下さい。

さて、先日予告していた淡路島の旅行の記事は、やはりちょっと内容が怪しすぎて^^;個人サイトの方に載せました。興味のある方はそちらをご覧ください。
ゆらとふるへ淡路島の旅

今回はちょっと某神社についてのお話です。
その神社を訪ねたのは今年の2月でした。どこの神社かは今回ちょっと書けません。
友人から「面白い神社を見つけたんだけど、神聖に感じる部分と何故か怖く感じる部分があって妙だから確かめて欲しい」と言われました。
その神社が、ちょうど別の知人からもお勧めされていた神社だったので、なんか気になるなと思って行ってみることにしたのです。

ネットで調べると古くから由緒ある神社らしいのですが、長年京都に住んでる私でさえ聞いた事の無い神社でした。
その神社に繋がる入り口の小さな鳥居は大きな道路に面しているので、何度も前を通ったことはあるはずなのにです。

小さな鳥居をくぐって、ずーっと歩いていきます。その途中、廃屋らしき大きな不気味な旅館ぽい建物もあり、何だかちょっと怪しいと言えば怪しい。
結構山手に入ってやっとその神社の大きな鳥居が見えてきました。
これが入口の小さな鳥居からは想像がつかないほど結構大きなもので、京都にこんな大きな神社がまだあったのかと驚くくらい神聖で雰囲気のいい神社でした。
本殿はしっかりした感じで、ちゃんと大きな神様の気配もありました。これは隠れパワースポットだなと喜びました。

しかし妙な事に気付きました。
社務所で案内図をもらったのですが、社務所が何か寂しい感じがします。
さらに本殿以外にもあちこちに沢山神様を祭っているところがあるのですが、その一つ一つを見ていくと、特に山手の方の何もないまま祭られているような所が、あんまりイイ感じがしない。
友人が特に気にしていた所も、確かに神さんの気配はあっても気配そのものがすごく小さくて、それよりも何でこんなに怪しんだろうと思うぐらい、なんかアチラの方々が溜まってしまってるような妙な所があり結構ひっかかりました。
これは確かになんか神聖な部分と怪しい部分と入り混じっていて妙な神社だなと思いました。

おそらく本殿は定期的に儀式もちゃんと行われているのだと思います。常に管理されていて奇麗なイメージがあったので。
しかし山手の方の小さく祭られている各所をまわると怪しい感じがする以前に、なんか現実的にも汚れてると言うか、掃除をされていないと感じる所が多々ありました。
これ、現実的に掃除されてないから余計に霊的にも掃除されなくて放置状態なんだろうなと思えてきました。
お客さんが来る前にしか掃除しないような私でさえ、もう箒でも貸してもらえたら掃除したい!って思えるぐらいの放置感でした…。

それにしても何でしょう、なんか山そのものにも元気がない感じがあって引っかかります。
でも普通、神社を建てるならもっといい場所を選びそうなものなのにと色々考えてるうちに、ふと気付きました。どーもこの神社、前世でも何度か来たことがあるような感覚が出て来ました。
そして前世の時はもっと山自体が元気で、この神社ももっと活気があったイメージが出てきたのです。
と言う事は、もしかすると神社が建てられた頃は、場のエネルギーも良かったんだけど、何かで沢山の人が亡くなるような出来事が近くであったとか、墓地が近所に出来たとか。
何か風水的に悪くなるようなものが後から建てられたんじゃないかと思えてきました。

早速帰ってから地図で調べてみました。すると微妙な距離にこれは影響するかもなぁと思われる施設や大きめの墓地がありました。
また近くに廃病院があった話も後日知り合いから聞かされました。
そして昔は神社の近くに街道があって沢山の人が行き来してたけど、今はその道も無くなって廃れてきたのかもと言う話もまた後日友人から聞かされました。
なるほどやっぱり時代が変わるにつれて、色々と風水的にも悪くなったり、エネルギー的に落ちてきてああいうアチラの方々が溜まるようになってしまったのかもなぁと思いました。

でも多分、本殿以外の山の方もしっかり掃除や清める儀式を行っていたら、ここまで怪しい雰囲気にはならなかったんじゃないかと言う気もします。
そういえば、あれだけ大きいのに巫女さんや根宜さんを全然見かけなかったことも気になりました。
もしかすると街道が無くなって客足が減って、財政的に厳しくなって仕方なく人も減らして儀式的な事も本殿だけで行う様になってしまったのかも。

また、友人がその神社の某儀式を見に行ったそうです。すると祝詞を上げる人の声がやたら小さくて元気がなくて気になったと言う話も聞きました。
ちょっとやっぱりと思ってしまいました。何とも非常に残念な気がしました。

よくお客さんから、どこの神社がイイのか悪いのかみたいな事を聞かれます。
私は多少感じると言うだけなので、気配の大きい所は分かるんだけども、いるのかいないのかよく分からない事の方が多いです。
なので私も確信が持てるところしか紹介は出来ません。

昔、知り合いの霊能者の方に、芸能人に大人気のパワースポットと言われるような神社なのに、あっさり「あそこは神さん誰もいないよ」と聞かされたことがあります(笑)
結局それは単に商売目的であったり、形だけで信じていなかったり。管理されてる方が真剣に祭っているかどうかによって差が出てくるらしいです。
その方は、お守りでも神様パワーが「入ってる」「入ってない」と次々見分けて選んだりされてました^^;
これも手抜き儀式のために、そんな差が出てきたりするそうです。(ちなみにその方は個人サイト「ゆらとふるへ」の「霊能者」に書いたNさんの事です。)

今回まわった神社も本殿はしっかり祭られていたので、ちゃんと私でも気配が分かったんだけど、おそらくその他の所はほとんど必要な儀式など行われていないのでしょう。
やはりその神社を管理してる方々がしっかり手入れしていないと、神さんの浄化力も弱くなって、アチラの方々のたまり場のような状態になってしまうのかもしれません。
管理されていても、多少の未浄化の方々などいたりすることはありますが、そこは波長を合わさない。つまり低級な感情の霊に興味を持たない。
波長の近い嫌悪や孤独、不安感を抱かなければ、そうそう繋がることはないので普通は気にする必要はありません。

なので、その神社が良いかどうか、神様がいるかどうかなど分からなくても、目安としてはちゃんと清潔に管理されているかどうか。
掃除されていて、新しいお供え物があるかどうかなど見ておくと分かりやすいと思います。
普通にしっかり祭られているような、敷地内全体が清潔感のある比較的大きな神社なんかは、まず大丈夫です。

あとは特別何かを感じなくとも、行った時に「心地いいなぁ」とか「しばらくマッタリしたいなぁ」と思える場所なら問題ないでしょう。
山奥にひっそりとあって誰にも管理されてないような放置状態っぽい神社や祠、何だか怖いと感じるような所は手を合わせない方が無難かもしれません。

基本的に神さんは別次元にいるので、極端に言えば祭られている神社にいるか、いないかはそんなに気にしなくてもイイです。
その神社にいなくても(その神社との繋がりが弱くても)、その神様に対して直接お祈りするつもりで参れば神様にはちゃんと届きます。
「天使や神々への祈り方 」でも書きましたが、神様に祈る時に祈る形だけでは繋がらず、形は成ってなくても信じる気持ちが真剣であればちゃんと繋がるわけです。

そしてこう言った神仏を祭る仕事の方も、形よりも気持ちさえしっかりこもっていれば必ず上と繋がります。
神様のいる場所だと信じて、掃除をするだけでもかなり色々違ってくると思います。

お坊さんでもよく思うのですが、慣れていないお坊さんは、間違えないようにとか声が出る様にとか唱え方にばかりすごく意識されていて、聞いてる方も意識が集中できなかったりします。
念仏が合ってるかどうかなんて素人には分からないんだし、間違えてもイイから気にせずしっかり成仏をイメージして唱えてもらった方が、こちらも自然と心地よく集中できるものです。

今回書いた神社、イイ神社なのに本当に勿体ない気がしました。やっぱり何か財政的に厳しいんだろうなと言う感じがして仕方が無かった。
でもおそらく各所を掃除するだけでも、運気が好転して自然と経営も安定して来ると思うし、神さんも力を貸しやすくなると思います。何とか持ちこたえて欲しいものです。
とりあえず今度行った時はちょっと多めに賽銭しておこうと思っています…。