体験談

さて、私の悩みは「いつも過労気味になって…

さて、私の悩みは「いつも過労気味になってしまう」というものです。

私は若いころから、基本的に家族に頼らず一人で生きてきました。あまり人に頼るのが好きではなかったし、一人で色々自分の力を試すのが好きだったのです。
離婚をし、仕事をしながら子供を育てました。家族と縁は薄くとも、色々な他人の助けはあり恵まれてはいたと思いますし、生活は楽しかった。

しかし常に「来月の生活の糧」を異常なほどに心配していました。そして「世の中がどんな状況になっても、家族が飢えることがないように」と常に勉強をしてきました(資格勉強)。そしてそれは、生活の役に立ちましたが、心は常にあせりを感じ、「もっと頑張らなくちゃ、もっと力と知恵をつけなくちゃ」と思っていました。
それを向上心とほめてくれる人もいましたが、私はここまであせる自分が理解できなかった。そして、のんきにしている人を見るとイライラしました。恵まれている人に腹を立てるというのではなくて「そんなにしていて、家族が飢えたらどうするのか!」という叱責のような気持ちです。

私は再婚をしました。生活の心配はもう以前ほどではないはずです。ですが、あいかわらず誰も私に何かしろ、と迫っているわけでもないのに(私は現在専業主婦です)年中勉強をし、「家族が飢えること」の恐怖心は消えませんでした。いつも、断崖絶壁の危機一髪の状況のような心境で、精神を使いすぎ、ふらふらになっていました。矛盾しているようですが、心配をする一方で、奇妙な、楽観主義も自分の中にあることにも不思議を感じていました。

まったく正反対の意見を持つ人間が二人いて、「こんなんじゃいけない!」と馬車馬のように自分を駆り立てる存在と、もう一人、「だいじょうぶ、なんとかなる、きっと」と思っている存在と。アクセルとブレーキを同時に踏んでるみたいです。疲れます。将来を心配するあまり、子供にも口やかましく言い過ぎてしまうし、言った端から「子供に過干渉だ、子供に任せなさい」と思う自分と。もういい加減こういうのはやめたいなあと思って、今回のセッションを受けることにしました。

最初、ステーションというところを設定して(最初にリラックスできる周囲の光景)そこからスタートしました。そこから誘導にしたがって過去生に向かうのですが、最初は足元から何が見えるか(感じるか)と問われたとき、私は何にもない野原で、ところどころ土が見えるような、短い草が生えているのしか感じられず、ひたすら「何にもないよ~」と言っていました。

じょじょに、自分が何か粗末なはきものをはいているらしい、というのがわかってきました。あえて言えばサンダル。でも、今売ってるようなきちんとしたものではなく草履に近いかな。服も、カーテンをがぼっと羽織るような感じで、ギリシャのような格好。しかしあくまで「これは単に想像してるだけなのでは??」とちょっと混乱もしていました。でも事前にヒプノについて説明されていて、そういうのもあると聞かされていたので、落ち着いて続けられました。

そこに、誘導で名前はなんですか?と聞かれて、「えっ、こんな漠然としたイメージだけで名前なんか・・・」と思ったら、それが不思議、「ユリアス」って固有名詞が出てくるんですよね~
これ、びっくりしました。

その後は誘導にしたがって、自分がギリシャのすっごい田舎にいて(マケドニア、という単語が出てきた。マケドニアでもああいう服装があるのかちょっとわかんないですが)入り江で、なんか船を待ってるらしい、というのがわかってきました。
歳は35、6歳。苦しい生活をなんとかしようと商売をしようとして、借金をしてものを仕入れ、いよいよ出航を待ってるのです。時間が余って(積荷が着かないのかも)暇つぶしをしながら、入り江周辺の野原をぶらぶらしているのでした。

「重要な場面は」というところに移ったとき、船底に大きな穴が開いて、水がガバガバ入っているところがテレビで見てるみたいにイメージで出てきました。自分(ユリアス)はそこに見えず、ただ穴の開いている部分が見えます。海中の映像ですね。「荷物がだめになる」「すごく借金をして買った」「人生の大博打だったな」
と思っています。
結局、そのまま無人島みたいなところに流されて、既に大怪我をしていたのか、流されてしばらく経たないうちに死んじゃったらしいです。

これも、テレビみたいに鳥瞰的な、上から見た視点で、倒れている自分がアリのように見え、「あーあ、みじめなもんだよ」と思っているのです(死んだ後の自分が)。私は海に、顔の右半分を漬けた状態で死にました。
不思議ですが、これ、私子供のときにお絵かきで書いたこともあるのです。これだったんだなーと思いました。

幸せな場面、で誘導されたとき見えた映像は、丸太小屋の前でうごめく、四足の物体でした。最初は「椅子??」と思ったら赤ちゃんでした。小屋にはとにかく何もなく、そばには途方にくれた(呆然としていただけかも)粗末なスカートをはいた女性が立っていました。
ユリアスの心境としては、「あえて幸せ、といえばこの場面だけど、どの場面もひたすら貧乏で生活は苦しくて、大していいことはなかったよ」という感じで、なんていうのか、あんまり湿っぽくないというか、感情が乏しい男の人だな、というのがわかるんですよね。赤ん坊が最初、モノに見えていた、というのはユリアスの視点で、「一応自分の家族だから(妻も含め)食わせないとな」とは思っているのですが、愛とかそういう単語がぜんぜん出てこない。
愛情はあったのだろうけど、それ以前に生活が苦しすぎて、そういう気持ちを持てるところまで行かないのかもしれない。

で、たぶん牧畜か何かやっていたらしいのですが、日照り続きか、土地がやせていたせいなのか、生活がぜんぜん楽にならないので
(飢え死にしかけたのかもしれない。とにかく小屋には何も無かった。掘っ立て小屋みたい)商人になろう、としたらしいです。
家族はもちろん置いてきたんでしょう。でも、死ぬときにも「家族はどうなるかなあ」とは思っていますが、変にさばさばした感じなんですね。

「俺は犬のように死んだ」と思っているのですが「俺ってかわいそう」とも特に思っていません。「この時代、俺みたいなのはたくさんいた。家族は多分死ぬだろうが、やはりそういうのもこの時代はいっぱいあった。だから、俺だけがこんな目になんて思っていない。でも今回俺はしくじったのはすごく悔しい。次回は絶対にうまくやる」「今回、俺が死んだのは、下調べをせずに、いきなりばくちをしたからだ。勉強、知識が無かったからだ」「あーあ、今回はしくじったよー、ちぇっ。ただ俺は当たりくじが引けなかっただけだ」というあまりにもアッサリした感じなので、とっても意外でした。残念がってもいますが、諦めも早いという感じ。

「次の人生でやりたいことは」という誘導による質問には「田舎はもうウンザリだ。次回は文化的なところに行きたい」と思っているのがわかります。「今世との関係」では、「しくじらないように、用心深くやりたい、今度はうまくいくように」と思っています。
色々、納得が出来ました。

勉強ばかり自分がしているのも、いつも焦っているのも、家族の生活が心配なのも。(ユリアスはユリアスなりに、やはり家族を愛していたのでしょう)

ユリアスの変にあきらめがいいというか、さばさばして現実的なところは、今の私の性格ととても重なる所があります。私は家族が生きていくことにはとても執着しますが、一人で色々試したい、と思うところもあります。しかし家族が死んだら困るので、とにかく家族中心にやってはいますが、正直ストレスも感じるのです。
自分のことをあまり女性的ではないなーと思います、よく。
ユリアスが船に乗って、自分の夢を実現させようとしたのも(私は現在、乗り物が大変好きで、船舶の免許を欲しがったり、飛行機の操縦をしたいと思っています)。

セッション前に「ハイヤーセルフに出来る三つの質問」というのが出来るコースを選んでいたのですが、この質問は自分の、その、ギリシャだかマケドニアだかの短めの人生が終わったあとにすることになっていました。
このハイヤーセルフがびっくり。人間の形とかでも天使とかでもなくて「三角形」の輝く光なんですよー。(光ってるピラミッド、みたい)なんでや!!

この三角形、しゃべるのか??と疑問を持ちつつ、問いを発する場面に来ました。
私が設問した「子供を自立させるには」という質問には、いろいろなところを見せ、遠くに、広い視野、一人で何とかやるよ、というイメージがやってきました。このイメージ、という表現、適切ではないかも。自分の中にそういう感情がわいてきた、というのに近い。でも、唐突にそういう感情が出てきたので、やはりこれは、その質問に反応した現象だと思うのです。

続いての、第二の質問、「人を信用するには」(いつも疑っている、というよりも、家事でもなんでも、人に任せるのがとても不安だったのです。事故がおきるんじゃないかとか火の元をちゃんと見てくれるのかとか)には、「人を信用する・しないというわけ方ではなくて、<共感>を大切にして人と接したら?」という答えが沸いてきて、私はこれが一番、腑に落ちました。

続いての質問、「将来どこでどんな仕事をしたらいいですか?」の答えにはウケてしまいました。「いろいろ」としか返ってこないのです。「いろいろ」!?
私はもう40代だというのに、そんな漠然とじゃ困るわ~と思っていました(この回答には続きがあります)。

続いて「未来巡航」(あせりのない、満足している未来)を見たのですが、これが面白かった。最初、窓辺に座って、外を満足げに眺めている自分、というのがイメージでやってきて、最初はまるで小さめの絵のようだったのが、じょじょにイメージが大きくなり、どうやら自分は山あいの田舎の、民宿か旅館の窓辺から外を眺め、涼んでいるらしい。私は土地関係の仕事をし、自分で小さな会社を立ち上げています。
そして、仕事の出張でそこにきています。一日の仕事が終わり、せいせいした、達成感を感じながら、「家族に気兼ねなく旅行できるなんていいわ~仕事もしたもんね、だから今日は遊んでもいいのよ~!」と思っているのです。

セッション前には色々心配をしていた、小学生の息子も既に中学生か高校生になっており、元気でしっかりやっているのもわかります。旦那も、他の家族もそれなりにがんばっているのがわかります。私は何の悩みもなく、仕事を楽しみ、それに気晴らしも見出せています。家族と適度な距離を保つことも出来、自分の人生も楽しめています。

そこでまた、ハイヤーセルフにメッセージを受け取るのですが、それがですねー、「ま、頑張ってね!」というあっさりしたものでしたね~(本当にウケました)

ハイヤーセルフからのプレゼント、というのは「光」でした。太陽の光のような、真っ白い光です。ですが、受け取った瞬間、それはいつも私の心の中にあったものだということがわかりました。そして、それは「希望」というもので、あせっている私に「大丈夫だ、きっと頑張っていればなんとかなる」と言っていたのはそれだったんだと。

私が見たハイヤーセルフが三角形だったことに、ちょっと驚いたとともに、感情的になっとくがいくこともありました。

て言いますのは、「これがいわゆる<ロゴス>というやつなのだな。」と思ったんですよね。
ちょっとスピリチュアルな感じで自分的にはアレなんですが(私は前世を見たのに、個人的にはなるべく現実的でありたいという奴なので・・・)「ロゴスは三角形」という連想がぱっと、ひらめいたんです。

ギリシャ人の男が出てきたあたり、ロゴスで納得なのです。
私は昔からギリシャに親近感を持っていて、行きたいとは思ってたんですが、ギリシャ人のヒーラーについて書かれた「メッセンジャー」という本に、ロゴスという単語が連発して出てきたなあとか思いました。

ギリシャだけが好きなんじゃないです。チェコも、台湾も大好きです!(台湾人だったこともある、と以前どっかで言われたこともあるし!)
しかし、「今回」!今回にですよ、かつてギリシャ人だった過去生を見た回に、自分にとってのハイヤーセルフというものが、そういう図形で出てきたことに、とっても納得がいったのでした。「その生を見た」体験の直後だから、ハイヤーセルフが三角形!なるほど!
だからこそ、これが自分固有の体験なのだということにも。

中国の人の過去とか見たら、きっとまた形が違うのかも?想像してみると面白いですよね。

・・・・・というわけで、こんな感じでしたー。

ヒプノというものを初めて受けましたが、面白かったです。意識ははっきりあります。ちょっとぼーっとしている感じですね。

私は、夢はオールカラーの非常にはっきりしたものを見るのですが、今回はそういう映像はさっぱり見えず、その代わりイメージが誘導にしたがって「浮かぶ」という感じでした。それは想像なのかもしれませんが、うーん、想像というよりも、もうちょっとやっぱり何か「見えて」たのかな、という感じもします。
意識しながら見る「夢」というのに近いかも。
バナナを思い浮かべると、目にバナナそのものは見えなくても、バナナというものを心では見ている、そんな感じかな。

浮かびにくいところは、質問を変えて誘導してくださるので、最初「えっ、何も見えない。どうしよう」という感じだったのですが、じょじょに楽しめる感じまでリラックスできました。

実は、私は自分の前世らしきものを見たことがあります。(何個も)
そして、自分の未来らしきものも見たことがあります。それは、勉強に疲れて寝転ぶと、目の前に映画のワンシーンのように見えるのでした。
直感もわりとあると思います(仕事に出来るほどではないですが)。

で、自分でも自分に催眠をかけて、自分の悩みに関する前世を見ようとしたのですが、今現在の私の悩みに関連するものは見えなかったのですね。いつも過労気味でしたから、爆睡してしまうのです。また、自分だけで考えているとループ状態に陥ってしまい、もう7,8年同じところでぐるぐる悩んでいました。
やはり他人の力を借りないとダメだ、と思いました。

近場で色々ヒプノをしている人を調べたのですが、頼もうと思うと閉店?してしまったり、どうもうまくいかない。今回「京ひぷの」さんにお願いしたのは、ブログや過去の記事が多く、考え方もしっかりしている方のように思えたからです。ご自分の過去の失敗談(?)も書かれているのも好感が持てました。こちらもある意味、自分の恥をさらすのですから、信用できそうにない人に頼むのはいくら近くてもいやですからね。

そういうわけで、新幹線に乗って京都まで来ました。頼んでよかったです。とても現実と精神的な世界とのバランスが取れた方のように感じました。

私も事前に「前世療法」という本やら色々読んで、「映画みたいにはっきり見えたら面白いだろうな!」と期待しまくって来たんですが、事前の説明で、「音だけが聞こえる場合」とか、「これは自分の想像じゃないのか?」と思うような感じのもあるそうで、今回の私のはまさに、最初、「これは自分の想像?」という感じだったんですが、しかしうーん、やっぱ想像だけじゃないなあと感じます。予想外の前世だったし。私は自分がちょっと霊感らしきものがあるので、それ関連の前世が出てくるのかと思っていたら、あんな現実的な奴(=ユリアス)が出てくるとは・・・。
それに、ぱっとイメージがうかぶんですよ。うんうん唸って作った想像ではないです。この奇妙な感じはやってみないとわからないと思う。言葉だけで伝えるのは難しい。

それに、万が一、想像だったとしても、かなり深いところからの印象であり、潜在意識からのメッセージであるので、やはり日常、あれこれ考えているだけでは出てこない貴重なヒントがたくさん得られると思うのです。

私はいずれにしても、相当すっきりしたし、あんまり悩まなくなりました。心が軽くなったのは確かです。それに一時間くらいやったので、結構楽しめたです。

ぐるぐる悩んでいる自分を色々別の観点から見られたのは良かった。
これはやはり、人の助けを借りてこそ出来ることですね。

おしまい(長文乱筆乱文失礼いたしました)

セッションを受ける為の事前カウンセリング…

セッションを受ける為の事前カウンセリングを行っていただきましたが、セッションの目的を絞る作業として非常に重要だと思いました。

冨嶋さんと話していくうちに、自分の中であいまいになっていることが整理でき、安心してセッションに入ることができました。
ヒプノだけでなく、カウンセリングもされるとのことで、かなり丁寧にやっていただいたように思います。

さて今回は、前世回帰→ハイヤーセルフセッション→未来巡行のフルセッションをお願いしました。
セッション中に現れた場面としては今までに想像したことがないものだっただけに、自分で創り出した映像ではないのだろうと感じました。
今の仕事と関連があるようでもあり、今後の展開とどうリンクするか興味深くなりました。
また京都が出てきたのには驚きましたが、今年から住み始めたことと何か関係がありそうで、今後が楽しみです。

今しばらくは今回のセッションの結果をじっくりと味わっていきたいです。
いろんなセラピーのメニューがあるそうなので、機会がありましたら別メニューもお願いしたいと思っています。
今回はどうもありがとうございました!

初めて参加させて頂きました。 グループワ…

初めて参加させて頂きました。
グループワークでしたので、男性も参加されていたらどうしようかなぁと思いました。

今回こちらにお邪魔する前、先月ですが、他所で催眠療法を受けたのですが、カウンセリングだけで2日とも終わってしまった事など、少し不安に思っていました。もしかして今回も・・・。との思いは冨嶋さんの顔を見た時になくなりました。

エレベーターを降りて、表札が出ていないマンションの部屋ばかりで、どの部屋だっけ?と思っていたら、冨嶋さんがドアを開けて下さったんでビックリしました。
冨嶋さんの第一印象は「歌舞伎の人?」って感じがしました。スミマセン
その後だんだんと話を聞いたりするうちに、冨嶋さんが陰陽師に見えてきたんですけど言えませんでした(笑)

今の彼との過去世を見たかったんで参加したのですが、テキストの中で”苦しい恋愛ほど本物だと錯覚する” その文を見た時ガーンときました。まさに今の私だからです。

彼との過去世では、なんとなくしかわかりませんでしたが、北欧(?)ハイジみたいな景色が浮かんできて、私の村に彼が親を失った子供で、つれてこられてきたのを私が年が近いので面倒を見ていたこと。
その彼と結婚の約束をしてたのに、戦争で彼が行かなければならなかった時に、「必ず戻って来るから、待っててほしい」「ずっと戻りを待ってる」と約束して泣きながら別れた。その後、私は一生独身で後悔と、罪の意識で死んでいったこと。そんなことを感じました。

ハイヤーセルフには「許しなさい」と言われました。今現在の彼を許すって事かな?と思ってましたが、あとで冨嶋さんから「自分を許すってことかもしれませんよ」と言われた時に、心がスッと落ちつきました。
ハイヤーセルフがマリア様のような、とても優しい人でした。「いつでも会いに来ていいよ」みたいな感じがして、涙があふれました。

また参加したいと思っています。ただ仕事してますので、平日はむずかしいです(汗)
冨嶋さん、一緒にワークに参加した素敵な女性おふたりに感謝します。ありがとうございました。