岩長姫の巻

今回も妄想話が始まります。
常識ある方は、いきなり真面目に読まないで下さい。
まずは、全身タイツの妖精を1人1人頭に思い浮かべ、100人数えてから、読み始めると比較的ショックが和らぐのでお勧めです。

今回のテーマは、岩長姫です。
※前回、勝手に岩長姫の別名と思って「木花散ル姫(このはなちるひめ)」と書いてました。よくよく調べると、これは通説ってワケでもない様なので、この記事では「岩長姫(いわながひめ)」の名前で統一しておきます。

神話って結構、残酷と言うか、人間臭いと言うか、神様の話としては、神さんらしくない物語が多いです。
この神さんの話も、ちょっとそれってどうなの?って話。内容はこんな感じです。

美しい木花咲耶姫(このはなさくやひめ)が、瓊々杵尊(ににぎのみこと)の元に嫁ぐ時、咲耶姫の父、大山祇神(おおやまづみのかみ)が、咲耶姫の姉の岩長姫も一緒にもらって欲しいと差し出しました。ところが、瓊々杵尊は、醜いからと岩長姫を送り返したのです。
大山祇神は怒って、瓊々杵尊にこう言いました。
「木花咲耶姫を妻にすれば、木の花が咲くように繁栄し、岩長姫も妻にすれば、岩の様な永遠の命をも手に入れるだろう。しかし、木花咲耶姫だけを妻にするなら、アナタ方の命は、木花の様に、はかなくなるだろう」
これ以来、その子孫の天皇の寿命も神々ほど長くは無くなったと言います。

なんとも岩長姫が気の毒な物語ですよね。瓊々杵尊さんヒドイ!って思いますよね。
でも、そう言いながらも、こんな物語を知ってしまうと正直、木花咲耶姫の神さんにお願いすると美人になれて、岩長姫の神さんにお願いすると醜くなるんじゃないかって、ちょっと考えてしまいませんか?^^;

実際調べてみたのですが、岩長姫を祭ってる神社もすごく少ないです。
こうなると余計に気になってきて、この岩長姫について、ちょっと真面目に色々考えてみました。

この神話で言えば、見た目の美しさの、はかなさの様なものを喩えている物語として、解釈することは出来ます。
人間で言えば、可愛い、カッコイイと言った、外見的な魅力は、せいぜい10代~20代ぐらいまでの話。
30代にもなれば、みな歳をとるごとに、皮膚は垂れ下がり、皺も増え、お爺さん、お婆さんになっていくのは当然です。

でも、その人の内面的な部分、人間的魅力は、歳をとると衰えてくると言うものではありませんよね。
不思議なのは、人間的に魅力のある人は、外見的にも若く見えることが多いです。それこそ、ちょうど木花咲耶姫と岩長姫の二人のパワーを授かったような感じですね。

木花咲耶姫とアクセスする様になってから、私は個人的に、この岩長姫の神さんの方が、非常に気になりました。
実際どんな存在なんだろうと。本当に醜い神さんなんだろうかと。

でも私は、基本的にそれはありえないと考えていました。
なぜなら、人間界より上の高次元は、高次に行くほど「囚われ」が無くなっていく世界です。
囚われが無くなると言う事は、個性も無くなっていくと言う事です。個性が無くなると言う事は、外見の特徴も無くなっていくと言う事です。
仏像を思い出してみてください。みんな似た様な顔をしてますよね?
本当に醜い姿だとしたら、心に沢山の囚われがあると見ることが出来るので、人間界に落ちてくるのが自然だと思うのです。

顔と言うのは、各パーツや部位など、結構その人の内面を反映しています。いわゆる人相です。
人相は、顔の形とは、また別の話です。良い人相=美形とは限らないです。美形であっても心に歪みがあると、顔も部分的に歪みを生じていたりします。でも内面的なものに変化があると、結構その人の顔つき、人相も変わってきます。
「囚われ」が、無くなって来ると、顔の特徴も無くなって来ます。

なので、醜い姿の神様と言うのは、基本的に考えにくいと思ったのです。
ただ、「基本的に」と書いたのは、「意図的に」であれば、ありえると思ったからです。
人を裁く「閻魔大王」さんなんかは、そら怖い顔してると思います。それは、罪悪感を抱えた魂ほど、その形相を見た時、恐怖が湧き上がるのだと思います。己の罪に気づかせると言う意味では、閻魔さんも、そら怖い顔にならないと仕事にならないわけです。
ちなみに私は、妙に閻魔大王さんが好きと言うか親しみを感じるんです。なんか好きにして!って気分になります。マゾなんでしょうか?(笑)。

あ、話がまた逸れてきたので戻します。
なので、岩長姫が本当に醜い姿に見える事があったら、それは単に、それを見る人間側の心の醜い部分を映し出してるに過ぎないのでは?と思っていました。

何にせよ、実際にアクセスしてみたいと思った私は、例の朝の供養の時に、木花咲耶姫とアクセスする時に、岩長姫も呼びかけてみる事にしました。
これまでにも書いた様に、基本的にコチラから特定の神さんを呼び出すのは、あまり良くありません。せいぜいニセモノが出てくるのがオチですから。
ただ自分の中では、この気になる感覚が、どーもおそらく前世でもアクセスした事があったんじゃないかと言う感覚が元々あって、多分繋がれるだろうと言う確信があったので、今回あえて呼んでみたのです。

6月初めに呼びかけてみて、わずかではあるけど向こうが気づいた感覚がありました。
そもそも存在しないんじゃないかと言う疑問もあったのですが、反応はあったので、存在することは存在してそうな感じです。
でも中々出てこない。
どーも人間の拒絶的な思念の壁の陰に隠れた神さんって感じで、何かまるで岩戸開きの神事を行ってるような気分でした。。

ふとネットで調べてみる事を薦められてる気がして、ちょっと調べました。
岩長姫の事を書いてる記事は非常に少なく、ホントにマイナーな神さんって感じです。それでもやはり同じ様に岩長姫にアクセスしてる人は居るようで、それぞれ感じ方は違っても、本質的な、何かドシッとした印象は共通してそうでした。
私的には、神さんってそれぞれ特性のある光の様なもので、その光と波長の合った人が、その人なりに特定の神様の姿で解釈しているようなイメージです。なので、人によってイメージの解釈が違うのはもちろんですが、本質的な部分は変わらない。

呼びかけを続けると、2~3日後には、向こうから急激に近づいてくる感覚がありました。
岩長姫の波長は、とても優しくそれでいて力強いと言うか、我慢強いというか、根性が座ってるというか、そんな力強さを感じました。
(後から、分かったのですが、ネットで調べてみる事を薦められたのは、私自身が「本当にいるのかな?」と言う半信半疑の気持ちだった事も影響していて、中々出てきにくかった様で。。。だからまず私自身が、実在してるんだと言う確信に至る事が大事なので、それで他にアクセスしてる人がいると言う事に気付く様に、ネットでもっと調べてみるよう薦められたようです。
※ちなみに、もし岩長姫について検索される場合は、確かに岩長姫とアクセスしてるなと思える記事はもちろんありますが、中には、コレどう読んでも低級霊に操られてニセモノとアクセスしてるなと感じる記事もあったので、全てを過信しない様に気を付けてください。高次元に行くほど、感情の波が無くなると言う意味を考えれば見分けられると思います。)

なんだか意外と、木花咲耶姫よりも、すごく大きな神さんって印象でした。まぁ、元々お姉さんですから、当たり前かもしれませんが。
そして外見も、やはり醜い感じとか全くありません。落ち着いた雰囲気の綺麗な女神さんって印象でした。

岩長姫

試しにラフで描いて見ましたが、うーん、何かまだ違う。見た目はこんな感じだけど、実際には、もっとどっしりしたイメージです。顔も、そこに表情があるとしたら、目は切れ長かなと言う感じで、表情はあまり無く、物静かで、それでいて、ズシッて感じです。絵で表現するのも難しいですね。
あくまで岩長姫のイメージなので、実際にこんな風に見えたわけではないですが。
なんか、ホント岩戸開きみたいに、何かの陰に隠れていて、なかなか出て来ない感じなのです。
おそらくですが、岩長姫を隠してしまってる、この影の様なものは、昔からの沢山の人間の、岩長姫に対するマイナスイメージの想念の塊みたいなものではと思いました。

木花咲耶姫は、明るく優しいほわんとした雰囲気の神さんでした。
岩長姫は対照的で、ドシッとした感じの何でしょう、この「ど根性!」って感じの力強さは・・(笑)
人間にどれだけ拒まれようと、私は全く気にしてないわよ的な、これは意外と強くて大きい女神さんって感じです。
いや、ほんとこの女神さん何者なんでしょう?って思うぐらい、なんか実は黒幕だったって感じの、うーん何か興味深い女神さんです。
祈るとその根性を分けてもらえるような感じでした。

木花咲耶姫と岩長姫は、神話によく出てくるペアーの神さんの関係そのものって感じです。
私に縁ある豊受大神さんも、天照大神さんの光って感じと対照的で、影って感じです。私にはピッタリだと思ってます^^ 自分の多くの前世が、王様や将軍と言った人の側近的なアドバイザー的な人生で、光の存在の傍らの影って感じです。
姓名判断でも「黒幕人生」って出てくるぐらいですから(笑)。これ私の輪廻人生そのものやないかって感じです。まぁ黒幕と言うより黒子人生って感じもしないでもないですが。

でも、影は光があってこそ成り立ち、光もまた、影が生じるから光として認識できます。
天照大神さんが人間を光で照らす役割とすれば、豊受大神さんは、豊穣の神さんではあるけど、私の中では、天照大神さんの対照的な意味合いで、人間の影の部分を浄化するようなイメージがあります。
だから私は、ヒプノセラピーを、やってるのかなと。
つまり光をもらうにも、気持ちにブロックがあっては、充分に光を受け取る事ができません。だからブロックを消し去る、影の部分を浄化してから光を受け入れてもらう。そんな感じでしょうか。

以前、友達と話してて、面白い事に気づいたのですが、これは私だけかと思ってたのですが、昔、好きでよく伊勢神宮に参ってた時期があったのですが、なぜかいっつも外宮から内宮に移動する時に、つまらないトラブルが起こってたんです。道に迷ったり、クルマのタイヤがパンクしたり、バスの時間を間違えたり、大雪に見舞われたりと。
これが、友達に話すと、友達も何か似た覚えがあったらしく、何これ?どう言う事?と。

でもカルマ的に考えると、失敗や間違いなど偶発的なトラブルは、元々その人自身持ってる消化すべきカルマです。
ただどのタイミングでそれが現象化するかだけの問題で、特定のタイミングで現象化すると言う事は、そこが浄化のポイントと考える事が出来ます。
つまり外宮で浄化されてから、内宮でしっかり光を受けるみたいな仕組みになってるんではなかろうかと、最近思うのです。
好転反応みたいな作用でしょうか。

いや、分かりませんけどね。あくまで個人的解釈ですが。
だから今度、伊勢に参る時は、外宮で懺悔でもしてみようかと。穢れを祓ってもらって、それから内宮に行けば、スムーズに光も入りやすいかなと。もう10年ぐらい参ってない気もするので、そのうちまた行ってみたいです。

ま、またしても話が思いっきりそれました。まぁ、そういう事もあって、なんだか岩長姫も、醜い神様と言う不名誉なイメージを背負わされていると言う意味では、人間の認めたくない嫌な価値観や感情、恐怖心、マイナスな部分を、消化する為に一気に引き受けて下さっている様な感じさえあるのです。

なんだかヒプノをやってる私も本当は「さぁ、アナタの元に今、天使が来ましたよ~!」みたいな、キラキラセラピストがいいのに、やってる事は「どろどろのその怒りや悲しみを吐き出しましょう!さぁ!」みたいな事が多いので、なんか岩長姫が、立場的に人事ではない気がして、だから気になっていたのかもしれません。。
こうなるとちょっと、岩長姫を祭ってる神社に行ってみたくなりました。

で、近所に無いものかと調べだしたのですが、最初にも書いたように、もう絶対的に少なかったです。
その中で京都市内に1箇所だけ、祭ってる神社を見つけました。

ストリートビューで見ると、これまた普通の住宅街の中の地味な感じの所にありました。
この神社は、いずれ訪ねて、機会があれば、ここで報告しようと思います。

※2018/7/20追記
かなり報告が遅くなってしまいましたが、実はこの記事を執筆した後日、京都市内の祭ってる某神社に行ってみました。
そして色々感じたものや、こう言う事ではないかと分かってきた事があり別記事として書き出したのですが、その執筆中なぜか季節外れの稲光!
そして突然PCが落ちてしまい、もう少しで完成と言う所で原稿が丸々消滅してしまいました!
何となくこれって書いてはいけないのだろうかと思って占ってみたら「書くべきではない」「洩らしてはいけない」などと出てちょっとビックリしました。
なんか書いてしまうと、私よりも怪しい人に興味を持たれて引き寄せてしまう可能性があるらしく危ないらしいです^^;
そんな訳で、この神様についてはこれ以上は記事に出来そうにないので、ご了承ください…。