WEB講座1.嫌悪浄化

嫌悪の検証

最初に来るのが、この「嫌悪の領域」だ。

「嫌悪」と言うのは「孤独」もそうだが、誰にでもある要素だ。
「嫌悪」と言うのは、人や物事、色々な事象に対してわいてくる「いやだなぁ」と感じる気持ちを指す。
この「嫌悪」の領域に強く心が片寄ると、この「いやだなぁ」と感じる出来事が沢山増えてしまう。

なぜ増えるのか。

例えば、会社でイヤ~な上司がいたとする。
もう顔も見たくないし、話したくないので出来るだけそのイヤ~な上司と会わない様に会わない様にと避ける。
でもそんなイヤ~な上司に限って、何故か二人っきりになるシチュエーションに度々なってしまう。。なんて事はないだろうか?

それだけならまだしも、イヤ~な上司が嫌で転職したら、転職先の上司もまた似た様なイヤ~な上司だったとか。。

他には、悪口陰口喧嘩の絶えない職場にいつも就いてしまう。
物を買うと必ず不良品で返品しなきゃならない。
自分が担当するお客さんに限ってクレームが多い。
やりたくないと思う事ほど、まかされたり、誤解ばかりされる。
なんでこんな目に遭うんだ?とイライラする様な事ばかり起こってしまう。

そんな嫌悪感や怒りが湧いてくるような状況、これが嫌悪の領域にハマっている状態だ。

これは、そう言った状態を、自分の中の何が何故引寄せているのか、心の深い部分から気付く事が出来る様になると、あっけないほどに、その領域からスッと簡単に離れられたりするのだ。

まずは、この嫌悪について理解し易い様に、ちょっと簡単なスクリプトを作ってみたので、下記に入力していってみてほしい。


嫌悪要素の検証1

いつもよく縁づいてしまう自分が嫌いだなぁと、許せな~いと感じる人がいたら、下に書き出してみよう。(例:わがままな人、怒る人など)

書けたら、下の「検証2に進む」をクリック!

≫検証2に進む

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嫌悪の領域の特徴

似た要素は惹き合う

人と言うのは、深い部分で自分と似た要素を持った人に意識が向きやすい。
特に自分の中で認めたくない要素を他人の中に見つけるとすごく気になる。

例えば、漠然とした寂しさが潜在意識にあると、同じ様に寂しそうな人を見つけた時、すごく気になる。
何かその人の寂しさをカバーしてあげたくなる。
「寂しいんだね」と声をかけたくなる。

これは、その人の寂しさを見つけることで「ああ、寂しいのは自分だけじゃないんだ」と言う安心感を得たいからだ。
あるいは「自分が寂しい」と言う事を認めたくないから。「あの人は寂しい人だ」と言葉にする事で、「自分は寂しくない」と言い聞かせたいのかもしれない。
心応理学講座
例えば、一番上の「ぷじゃくん」は優しさと寂しさの要素を持った人(?)だ。どこか寂しげな優しい人だとする。
左の「亜戸リエちゃん」は寂しさと怒りの要素を持った人。怒りっぽいけど寂しそうな人。
右の「ラクネラくん」は優しさと怒りの要素を持った人。怒りっぽいけどホントは優しい人だ。

そんな3人の場合、ぷじゃくんとリエちゃんは、お互いに寂しい部分が気になる。
ぷじゃくんとラクネラくんは、お互い優しい部分が気になる。
リエちゃんとラクネラくんとでは、お互い嫌悪が強い部分が気になってくるのだ。

なので同じラクネラくんでも、ぷじゃくんから見ると「ラクネラくんは、口は悪いけど、本当は優しい人です」と感じるのに、リエちゃんから見ると「ラクネラって、なんで、あんなキレやすいの?怒ってばっかり!」と感じる。
同じ人が、人によって感じ方が違ってきたりするのだ。
それはそれぞれが知らず知らずに自分自身も持っている同じ要素を、相手の中に見つけて、その部分が気になってしまうからなのだ。

無意識に嘘をついてしまう人は、他人の中に嘘をつく人を見つけるとすごく気になって「あの人は嘘つきだ」と言いたくなる。時にはそこに怒りをともなう事もある。嫌悪してしまう事もある。
その「嘘つき」と言ったう要素が自分の中にもあるとは認めたくないから嫌悪するのだ。
本当は自分に対しての嫌悪感だったりするのだ。

しかし例えば正直者のAさんと、嘘つきのBさんがいて、Aさんは「私は嘘が大嫌いな正直者だ。だから嘘をつくBさんは許せない。」と、そんな共通項のない正反対の二人なのに、気になってしまうと言う場合はどう考えればよいのか。

確かに単純に「嘘」と言うキーでは、嘘つきのBさんと正直者のAさんとでは、似た要素が見つからない。
さっきの嫌悪の検証で、嫌悪の対象が自分には当てはまらないと言う人がこのパターンになる。

ここで大事になってくるのは、「嘘」と言うキーでなく、「なぜ嘘をつかなければならないのか」と言う理由の部分、気持ちの部分が重要になってくる。
「嘘」を付くには必ず理由がある。「相手を傷つけない様につく嘘」「自分を誇張する為につく嘘」「自分を守る為の嘘」その他、沢山あるはずだ。

Bさんがこの「自分を誇張する為」に嘘をついてたとしたら、その裏にはどんな気持ちがあるだろう。
考えられるのは「まわりに愛されたい」と言う気持ちがあるかもしれない、さらのその裏には、過去において「まわりに愛されなかった」「かまってもらえなかった」「さみしかった」そんな気持ちがあるかもしれない。
その裏の気持ちを深く深く感じていくと、もしかするとAさんの中にも「さみしかった」と言うBさんとの共通項が見つかってきたりするのだ。
それに気付けると、Aさんは、このBさんの「寂しい部分」が潜在的にすごく気になってしまっているが為に、Bさんのつく嘘がすごく気になる、すごく許せなくなると言うのが理解できる。
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ただ上記の様な例だと、実際は本人が気付いてないだけで、Aさん自身、無意識にどこかで嘘をついていると言うケースも考えられる。Bさんは何気ない冗談のつもりで言った嘘であっても、Aさんが勝手に一方的に「嘘をつく人って最低!」って感じで、すごく嫌悪する場合は、おおかたAさん自身、なにか心にひかかってしまっている様な、例えば誰かを大きく傷つけてしまった様な嘘を過去についてしまい、それを認めたくなくて嫌悪しているなどの可能性がある。
「人は自分の鏡」と言うが、いい方を変えれば人は他人に自分自身を映しやすい。「人を自分の鏡にして見てしまいやすい」とも言えるだろう。
こちらにとっては全く意味が分からず、「この人、何をそんなに怒ってるんだろう」と感じる様な事とかある時は、多くの場合、その人はあなたを鏡にして自分を見ている。その自分に嫌悪しているだけで、その人自身の中での問題なので、あなたが気にする事は無い。
あなたが気にするべき事は、その人と同じようにあなた自身も他人に自分を映して、他人事のように責めてしまっていたりしないか客観的に感じる事だ。

嫌悪するほど惹き合う

「気になる」と言うのは、相手に集中している状態だ。
それが「大好き」であっても「大嫌い」であっても、その対象に潜在意識において集中を起こしている意味では同じ、それに「囚われている」状態である事には変わりが無いのだ。当然、ますます引寄せてしまう。

いや、むしろ「大嫌い」の方が集中度が大きい分、引き寄せやすいかもしれない。
「離れたい」と言う気持ちは「なかなか離れられない」と言う気持ちに集中している様なもの。

つまり「離れたい」「離れたい」「離れたい」と願うほど「離れられない」「このまま離れられなかったらどうしよう」「離れるのは無理なんじゃないか?」と念じてる様なもので余計に離れられなくなったりする。
これが「嫌悪の領域」にハマってしまっている状態なのだ。
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アイツさえいなくなればイイ!あの人は許せない!一緒にいたくない!憎い!恨めしい!
どれも、潜在意識において、その状況が長引いてくれる事を願っている様なもの。
「お疲れさま」と言いたい。

じゃあ、嫌悪の縁を引き寄せない為には、どうすればよいのか。

それはただ「囚われない」こと。
「離れたい」のであれば、「別に近付いても離れても、どっちでもいいや」と、深い部分からそんな気持ちになれると、スッと簡単に離れたりするのだ。

まぁ、そう簡単にそんな風に気持ちを切り替えられる人なら、元から大した問題ではないだろう。
なので、ここからは、なかなか気持ちを切り替えられない人の為に、さらに具体的に話を深めていく。

嫌悪の浄化

さて、ここから読み進めていただく前に、ちょっとお断りしておかなければならない事がある。

それは状況が急変し易いと言う事。言い方を変えれば浄化が起こる可能性があると言う事。
今回は初めてWEB上で読める形にするので、読むだけでも浄化が起こるのか、どれぐらい急変するのかは分からないが、可能性としては十分あるので、先に書いておく。

京ひぷのの「エリアシフト講座」に参加された方で、よく耳にするのは、嫌悪の回が終わった直後に、嫌いだった上司や同僚が転勤してしまったり、部署が変わってしまったりするケースがある。それも大体1カ月以内に起こったりするからビックリだ。

これは誤解しないで欲しいのだが、決して参加者があやしひパワーを身に付けて、上司を飛ばしてしまうわけではない。
もともと、その人と上司との縁が離れていく運命であったにもかかわらず、お互いに嫌悪の意識で引き付けあってしまっていた為に、なかなか離れられなかっただけと考えるとイイ。

エリアシフトで、その人の上司に対する「嫌悪の囚われ」が無くなったとたん、上司の方も、その人に対する拘りが薄れて、縁が切れて、本来の運命である転勤に繋がったと考えるとイイだろう。

ただ、その縁が切れる直前は、余計に仲が悪くなったり、責められたり、つらい事が起こったりする。
これが、いわゆる好転反応だ。カルマの浄化が起こっている状態だ(カルマについては後ほど説明しする)。
その時、それでも上司に対して「囚われない」自分で居られると、スッといとも簡単に縁が切れたりするのだ。

参加者の例で、特に感心させられた話で、こんな事もあった。本人の了解は得ているので、ここで紹介する。

参加者のAさん。
彼女は、ずっと嫌だなぁと感じてた友人のBさんと言う人がいて、あまり関係が良くなかったらしい。
そのAさんが、このエリアシフトの嫌悪の回を受けている中で、もう嫌悪するのはやめようと、自分の方から折れてみようと、Bさんに対して自分から謝ってみようと決意したらしいのだ。

それがそう決意して嫌悪の回を終えて、帰りの電車に乗っている時に、突然Aさんの携帯に、Bさんからメールが来た。
見てみるとBさんの方がAさんに対して「ゴメンナサイ」と言った謝りのメール内容だったと言う。

Aさんはもちろん、私自身もビックリした。自分から謝ろうと決意しただけで、ほぼ同時に相手から謝ってこられたのだ。
あらためて人って潜在意識の深い部分で繋がってるんだなと感心させられた。

これはスムーズに浄化が起こった例だが、多くは今まで我慢していたものが爆発するかのように、その嫌悪の対象と向き合わざるを得ない様な形で起こりやすい。
「孤独」の回なんかでは、以前から疑っていた彼の浮気現場を目撃したとか、嫌でも問題と正面から向き合わざるを得ない状況に追い込まれたりする。
そこで囚われずに、しっかり結論を出せれば、嫌悪や孤独の縁は切れていく。

もしこの先を読んで、表面上、仲良かった人と大喧嘩してしまったり、身に覚えのない事で責められたり、そんな事が起こった時は、とにかくその事象に「囚われない」ようにお願いしたい。ヘタに相手に対して嫌悪して対抗すると、また余計に縁が深まってしまう。
それらはいずれ向き合わざるを得ない問題だったと、カルマとも言えるだろう。そこから逃げても、また似た状況を引き寄せたりする。それらに対して、「もうどうなってもいい」と覚悟して「囚われない自分」になれた時、その時、その問題との縁はスッと切れていくのだ。
(具体的な対処法については最後に書く)

元から嫌悪の小さい人は、何も心配はいらない、あらためて自分がそんな領域に巻き込まれない様にと参考程度の気持ちで読み進められればイイだろう。